かおるんが考えたこと

切ない気持ちのゴミ捨て場

信頼を得続けるためには、一生誠実でありつづけろ

人間は、人生において常に取捨選択を繰り返しています。何かを選択すれば、その他は潔く捨てなければいけません。選ぶ絶対数に制約がある場合、全てを自分のものにすることは不可能です。もし中途半端な快楽や欲望でそれらを得ようとすれば、必ずどこかに歪みが生じます。そして、一度生まれた歪みが完全に修復することはありません。

 

私は、何かを選ぶということはその対象に対して誠実であるということだと思います。また、その選択の重さと誠実さは比例し、その人の信頼度を表すものだとも思います。

 

もし自分が、誰かにとって信頼される存在であり続けたいと思うのならば、決して不誠実なことをしてはいけません。必ず誰かが見ているし、その中途半端さは相手を傷付けることになります。一度失った信頼を取り戻すことは、とてもとても難しいです。

 

私は、信頼される人間になりたいです。

不安で何も手に付かない時に、自然と気持ちを和らげる方法

どうも、かおるん(@insidekaorun)です。

 

みなさんは最近、仕事や日常生活で大きなプレッシャーや不安を感じていることがありますか?

私はわりとすぐにプレッシャーを感じるタイプで、少しでも不安なことがあるとお腹が痛くなり、グルグルと憂鬱な気分になるバッドワードが常に脳内を駆け巡り、反芻(はんすう)している状態になってしまいます。

 

一度この状態になると、常に得体の知れない不安が付きまとうことになるので、何をしていても楽しくありませんし、やらなければならないことも捗りません。

 

また人は、悩んでいるとつい深く考えている気分になってしまうものですが、実際には何も考えられていないし、目の前のことは何も進んでいないのです。何日間も悩んでいたけれど、結局期限まで何も出来ずに終わってしまい怒られた経験がどなたにもあるのではないでしょうか。

 

私の場合、毎回そのようなボンクラ具合ですので、改善策を色々と試行錯誤してきてまいりました。その結果、私には自分が感じている課題や不安を青ペンでうら紙に徹底的に書き出す、という方法が最もリフレッシュ出来る方法であると思いました。

 

自己啓発系の本でよく言われていることですが、紙に感情を吐き出すと自然と心が落ち着きます。これは個人的には、アナログの方が効果が絶大で、PCのメモ帳に書くのとではその効果に大きな違いがあるように感じます。そして心が落ち着いてくると、自然と次にやらなければならないTODOが見えてくるでしょう。

 

みなさんも、ブログや仕事の締め切りで焦って何も手に付かないという状態になった際にはぜひ、試してみてはいかがでしょうか。

 

最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。以上、かおるんでした。

ダメだと思ったらすぐ逃げろ!すぐ飽きちゃう系人間の生存戦略

おはようございました。かおるん(@insidekaorun)です。

今日も布団に入ってTwitterを見ながら人生で最も若く貴重な1日を無駄にしました。

 

さて、そんな自堕落な生活をしてる私ですが読書の習慣は最近付いてきました。読書が習慣化してくると、今まですぐに眠くなってしまっていた文章もわりとスラスラ読めるようになってきます。また、スラスラと読めるということは頭に入ってくるクリアな情報量も増えてきます。そうすると、新しい発想や思考なども深く出来るようになってきている気がします。

 

今日読んだ本はこちら。

 

ダメなら、さっさとやめなさい! ~No.1になるための成功法則~

ダメなら、さっさとやめなさい! ~No.1になるための成功法則~

 

 全体の文章量は100ページ程度ととてもコンパクトで、メッセージもとてもシンプルです。

本書が伝えるメッセージは基本的に下記の2つ。

・うまくいかないと思ったら、速攻やめろ。

・これだと決めたら、どんなに辛くても乗り越えろ。

この2点を伝えるために、著者のセス・ゴーディンさんはたくさんのケーススタディを紹介してくださっていますが、個人的には読み飛ばしてもいいかなという感じでした。(海外の本で出てくる事例って何故あんなに遠回しな表現をするものばかりなのでしょう。)

 

わたし個人の経験をここでお話すると、自分もダメだと思ったことからは速攻で逃げてきました。

 

自分が一番最初に逃げた経験として覚えているのは、中学3年生時の文理選択時でした。当時は(も)とにかく数学が苦手で、数字を見るだけで吐き気がしてくるような数学アレルギー体質でした。毎日の授業の中で、この戦場では戦っても面白くないし、勝つことは絶対に無理だと思ったので、赤点ギリギリセーフを低空飛行しながら数学の勉強はほぼ行わず、自分が少し得意と感じていた英語の勉強に1点集中しました。結果的に、学年末の期末テストで英語で高得点を採り、上から2番目のクラスに入ることが出来たので、ここで逃げることの味をしめたのでしょう。

 

それから大学に入って、アルバイトをするようになっても少しでも自分に合わないなと感じた職種は、2週間と経たずに辞めて転々としました。(特に飲食系は絶望的に適性が無かった…!)でも、それが就活を行う際の一種の経験に裏付けられた価値基準になったので、とても良かったと思っています。

 

社会人になってからも、自分が合わない仕事からはやんわりと逃げてきて、今では自分に合ったスキルとは何かということがやんわりとですが見えてきているという状態です。

 

この本のセス・ゴーディンさんの言う通り、ダメだと思ったらすぐに逃げていいと思います。人間は万能ではないし、必ず得意・不得意というものがあるからです。それを見極めることで、自分は誰に対して価値を発揮出来るのか・喜んでもらえるのかということが明確になってきます。それが明確になってくると、やがてお金を稼げるスキルになってきます。

だからいま、自分はダメだなーと思ってる人は多分、環境がイケてないと思うのです。

 

短い人生です。楽しくて上手くいくことだけに時間を使っていきましょ!

自分の苦手なタイプ

今日も仕事が休みだったので、こちらの本を読みました。

 

「読む」「書く」「考える」は5分でやりなさい!

「読む」「書く」「考える」は5分でやりなさい!

 

 結論から言うと、あまり私には役に立ちませんでした。理由としては、自分がこの本に期待していたことは「読む」「書く」「考える」というビジネスマンに限らず広い意味での社会人にとっての大切なこの要素自体に言及することでした。

 

実際にこの本で語られていたことは、経営コンサルタントとして多忙な著者がどのようにして時間を細切れに効率よくタスクをこなしていくのかを説くものでした。

 

私は普段、経営コンサルタントの方とお話をする機会が多いのですが、彼らの特徴として「自分の多忙さを誇っている」「効率化こそが正義」「自分大好き」な方々が多いなという印象を持っており、のんびりとした性格の自分にとっては、正直なところあまり得意なタイプではないです。

 

この本の著者である小宮さんは優秀な経営コンサルなのでしょうが、本を読む限りあまり話の合う感じの人ではないなあという印象だったので、20分程の流し読みで読んでしまいました。

 

今日は愚痴のような感じになってしまいましたが、最後の章の「仕事をやるからには1流になれ」というメッセージは、どの職業に就いていたとしても指標にするべき目標だなと思い、これはためになりました。

ちょっとだらけた公共性が仕事を捗らせる

私はよく休日に気まぐれでブックオフの100円コーナーに行って、自分の琴線に触れたタイトルの本をまとめ買いするという癖が学生時代からあるのですが、今日はこんな本を購入してみました。 

15分あれば喫茶店に入りなさい。

15分あれば喫茶店に入りなさい。

 

 著者である齋藤氏は、文中で自らのことを『ものぐさだが、たくさん仕事をしたい人間』を表現しています。自宅だとだらけすぎてしまうし、オフィスだと緊張しすぎて疲れてしまう。その間を取った最適な作業空間がまさにカフェであると主張します。

 

私も家やオフィス(!)でも長時間集中することが苦手なのですが、カフェに行くと自然と素早く作業に取り掛かることが出来ます。長年、なぜ自分は外に出ると普段出せないような集中力を発揮出来るのだろうかと考えていたのですが、齋藤氏はカフェという空間の特徴を「ちょっとだらけた公共性」のある場所であると冒頭で言及しています。確かに、カフェは公共の場であるがリラックスする場所でもあります。そうした温度感や適度な緊張感が心地よい人には心地よいのでしょう。

 

私の場合、カフェが集中出来るポイントの一つに「知り合いが誰もいない」という点が大きく自分のメンタルに影響を与えているのではないかと思っています。つまり、人間関係がゼロの状態だと人間は自然と自分をよく見せようと意識し、それがリラックスをしているけどちゃんとやらなければという絶妙な心のバランスを生み出しているのではないでしょうか。

 

こうした職場でも家でもない第三の居場所(3rd place)が今後自分にとっても世間の全ての働く人にとっても大切になってくるんじゃないかなーと思っています。孤独であると同時にその場にいる全ての人に対してフラットな人間関係なのでとても楽なんですよね。しかも、そこから何か新しい価値観や出会いのようなものが生まれてきたらそれは素晴らしいことだなと。

 

ちなみに現在、午前2時半に某都内のマックで執筆しています。もし家でこの記事を書こうと思ったら完成するのは早くても明日のお昼過ぎだったのではと思うくらい自分のことを信用していませんが、書き始めてから30分程で記事が出来ました。

 

明日からカフェをより活用していこうと思います。

文章を推敲することの楽しさ・大切さについて

久しぶりに自分のブログを開いてみたら約90日間も放置していたことが判明し、一発目の記事の威勢の良さが恥ずかしくなりました。ブログを執筆していない間は、本業が忙しかったこともあり1ミリも記事を書きたい欲求が湧いてこなかったのですが、ふとしたきっかけでまた自分で文章を書いてみたくなり筆を執った次第です。今回は、そのきっかけについて書き残しておこうと思います。

 

何故、三日坊主な私がまたブログを書き始めようかと思ったのかと言えば、文章を書くこと自体の面白さに気付いたからです。正確に言えば、「文章を書いて、それを推敲する楽しさに目覚めたから」です。

 

それに気付いたきっかけは、先日実家に帰ったときに母親と交わした他愛のない会話でした。私の母親は50代になったばかりの一般的な専業主婦です。趣味は韓国ドラマの鑑賞というこれまたベタな人なのですが、元々文章の読解能力やコミュニケーション能力に非常に長けているという特徴を持っており、全くの未経験から韓国語の勉強を始めて2年程度で韓国の映像作品の字幕をチェックするという仕事に就きました。

 

家でだらだらお酒を飲みながら何気なく母親にこんなことを聞いてみました。

 

(かおるん)「どうすれば文章が上手くなるのかわからないんだよね。やっぱりお母さんて今でもたくさん本とか読んだりしてるの?」

 

(母親)「やっぱりいまの基礎を作ってるのは、学生時代に図書館で朝から晩までずっと本を読んでその感想を書いていたことの経験が活きてるね。でも今はそんなに読んでないよ。続けてることと言えば、日記を書くことかな。」

 

(か)「日記かー。要するに何かを体験したらアウトプットが大切っていうこと?」

 

(母)「そうだねー。私は文章をあーでもないこうでもないって何度も書き直すのが好きなんだよね。Facebookに簡単な投稿をするときにもすごく書き直すもん。」

 

(か)「へー、そんなふうにやってたのか。でも、たしかに自分も似てるかも。」

 ふむ、なるほど。と思い、それから自分の文章を仕事のチャットなどで投稿する前に念入りにチェックするようにしてみました。すると、内容の粗さや改善点が自然と見えてきて修正を何回か行ってみると、とてもロジカルでわかりやすい文章になっていると気付きました。と同時にその作業がとても楽しいなと感じました。推敲して納得出来たものを送ってみると、仕事相手からの反応もいつもより好印象になり、より文章を見直すことは良いことなのだと知りました。

 

思い返せば私が大学生の頃、色々なメディアや書籍で人気者だった教授も「私はどんなに短い文章でも私は何度も書き直すし、時間をかけて読み直す」と言っていたことを思い出しました。彼の文章や講演に感動して学部に入学する生徒が後を絶たなかったので、推敲するというプロセスはよい文章を書くためには必要不可欠な行為なのでしょう。

 

文章を書かなければいけないという義務感からではなく、「楽しいから書く」という感情に立ち戻ることが出来たので、またブログ執筆活動を再開してみようと思いました。

 

この記事をご覧のみなさま、引き続きかおるんを何卒よろしくお願いいたします。

考えてからやるな、やりながら考えろ

最近、自分なりの物事を考えるプロセスを少し省略してみた結果、作業効率がとても上がった。

 

どういうことなのかと言うと、例えばある企画を実行しなければいけないとなったときに、私の場合はまず白い紙orPCのメモ帳に何をしなければいけないのかリストアップをしてみる。そして、スケジュール表を作らなければならないとするなら、テキストでどんな項目が必要で、どんなイメージで作るのかを書き出してみる。それが終わったら実際に作業をする、というプロセスだった。

 

しかし、この方法ではうまくいかないことのほうが多かった。その理由として、メモ帳に想定をがっつり書いた時点で、もう作業した気になってしまい、本番の作業をする際のモチベーションがかなり下がっているので、やる気が起きにくいというのが1点。もう一つの理由は、準備に時間をかけるので仕事の時間を圧迫してしまう点。仕事は際限なく次々と降ってくるものである。作業工数が増えていけばいくほど、退社時間は後ろ倒しになっていく。

 

最近そのようなことを自覚し、考えてからやるのではなく、まずやってみてから考えるというやり方に変えたところ、思考も深くなり目的の作業が想定よりも早く終わることが多くなってきた。

怠惰な自分にとって、まずやってみるというのが最大のハードルだったのだが、そこは何とか根性でPCの前に座り、根性でエクセルを開く。よく受験勉強でもまず机に座ることを毎日続けてみよというのは正しいと思う。

仕事の成果物は常に想像通りのものが出来上がるとは限らない。作業をしていくなかで結論が変わることは大いにある。(しかもいい方向に。)

 

要するに言いたいことは、事前に考えすぎることはわりと無駄だということ。まずは勇気と根性を出して飛び込んでみて戦ってみたら意外と大したことないやつだった、ということもよくある。

ブログの執筆も以前は何を書こうか悩んでから書いていたのだが、最近は書きながら考えている。そちらのほうがより没頭出来る気がしている。

 

この感覚は自分だけなのかわからないが、作業が時間内に終わらない、いつも仕事やるのダルくて困ってるという方はぜひ試してみてほしい。